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今日は朝から嫌な天気が続いていた。
低く立ち込めた雲が停滞している。甲板に立ち、遠く海を睨み付けていると、首筋を撫でる湿気を帯びた風に思わず鳥肌がたつ。
これは間違いなく、爆風になる合図。この海域では、一瞬で天候が変わることは珍しくない。女心と秋の空、男心と海の天気、と言ったところか。
(( …我ながら、うまく例えられたな。
でも、若干自虐的なのが気にくわない…じゃなかった、船長に報告…))
最後にもう一度海を見て踵を返す。風速も上がりだした。早く対処せねば。
船長室では、同じように窓から外を睨みながら船長が腕を組んでいた。
軽く説明をしてから指示を仰ぐと、すぐに甲板員の展帆・畳帆班を集め、帆を半分まで畳ませる。これで乗り越えられるだろう。
「すみません、副船長」
安心して自室へ戻ろうとすると、後ろから声をかけられ、振り返る。
私よりも頭ひとつ分身長の低い船員が眉を寄せながらこちらをじっと見ていた。
私は頭の中の船員名簿を繰る。同じ海賊団と言えど、かなりの人数を抱える大所帯であり、しかも副船長に一甲板員話しかけるなど、この縦型社会ではあまりなく、実際に会話したことなどあるかないかである。その為、頭の中に全船員のデータが入っていても、中々思い出せない。
「君はたしか…ヴァレンチノ君。」
やっと思い出して声をかけると、その柔らかそうな髪を揺らしながら、彼はコクン、と頷いた。
「お話ししたいことがあります。
僕に少し、時間をください。」
本来なら、この忙しいときに甲板員の話を聞いている余裕はない、と突き返すところだ。
しかし、私は彼が声を潜めていった一言に、その提案を飲むしかなかったのだ。
「…料理長、ヨウのことです」
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