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「料理長!
何度言ったら分かるのですか、会議には遅れないように来なさいと言ってるでしょう!」
私は今、ものすごく腹が立っている。
船内会議も終わり、他の海賊船への対処も決まり、本来なら、安心で力が抜けるはずだった。
なのに、この男…料理長、ヨウ・ニコルソンのせいで、そんな心の余裕はなくなってしまった。
「ハイハイ、悪かったって…」
「悪かったで済みますか!」
ボサボサの頭をポリポリと掻きながら、いかにも寝起きですといった顔でこちらを見下ろしながら、“くわぁ”と大あくびをする口許にはよだれの跡がある。
また会議の前に甲板で昼寝でもしていたのだろう、ヨウが露出した腹をむしりながら会議室に入ってきたのは、すべての議案が終了したあとだった。
しかも、この男…入ってきて第一声が、謝罪や反省の言葉ではなく、へら、と笑いながら、
「あ、屁ェでそう(笑)」
あり得ない。全く理解できない。
私は睨み付けるように顔を観察する。
欧州系の堀の深い顔立ち、焦げ茶色の深い瞳はびっしりと睫毛に縁取られ、ぱっちりと丸い。ボサボサに波打つ髪だって、よく見れば黒く艶やかだ。浅黒く引き締まった身体に無造作に管理職用のコートを羽織り、気だるげに立つ姿には色気すら漂う。
実に、もったいない。この無精髭と寝癖を直して、ちゃんとした格好をすれば…。
「…何?どこ見てんの?」
不意に耳元で低く甘い声が聞こえ、ビクリと身体を強ばらせる。考え込んで腹筋を眺めていたため、気づくのが遅れてしまったようだ。
慌てて距離を取りながら、動揺が伝わらないようにぎゅっと手袋をした拳を握り混む。冷静に回りを見渡せば、先程までは問題児…ゲフン、個性豊かな部長たちで満席だった会議室も、会議が終わり、バラバラと持ち場へ戻っていた人影が今ではすっかりいなくなっていた。
深く息を吸い込むと、眼鏡をあげるふりをして顔を隠しながら、首をふる。
「…別に。
兎に角、次の会議では絶対に遅れないように。
いいですね?」
「ハイハイ、イエッサー」
…こんなに気の抜けた“Yes、Sir.”があるだろうか?仮にも、Sir(上司)に対しての敬礼のはずだ。犬だってリーダーには頭を下げるって言うのに、人間であるはずの彼はひらりと手をふっただけだった。
よって、私は、彼は犬以下だとここに認定しようと思う。
…もちろん、心の中で。
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