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昨晩降った塩はここ最近でいちばんひどく、貯水タンクのビルの根元にある女神像の膝下あたりまで塩が積もった。柔らかに微笑む女神の差し出す手のすぐ脇には、二つの寄り添う大きな塩の山と、その上に寝そべるように一つの小さな塩の山ができていた。
夜明けの時刻になり、朝陽が女神を赤に染める。塩の結晶が光を反射して、きらきらと赤く輝いた。
そのとき、パラ、という音がして、小さな塩の山に細かな亀裂が入る。亀裂はつんつんと内側から何度かつつかれるうちに広がり、ついにざっと崩れ去った。
コロコロと二つの塩山の上に塩つぶが流れて、小さな軌跡を描く。
塩の中から姿を現したのは、一匹の白い猫だった。全身を覆うふわふわの長い毛をぶるりとふるい、体についた塩つぶを降り落とす。
それからひとしきり毛づくろいをしたあとで、白い猫はすっと立ち上がり、自分が出てきた塩山の下、寄り添う二つの塩の塊をじっと見つめた。
「私はシオネコ。イヌが地獄の門番ならば、私は天の道先案内人。死期の近い者を、安らかに天へ送るのが私の務め。腕に恋人の亡骸を抱いたまま死んだ者、生きた証に彫刻を残す者……これまでに、いくつもの魂を見送ってきたわ」
シオネコはそう言って、前足をぺろりとなめた。
「ときおり、旅立つ魂に、残された者たちへ言づてなどを頼まれることがあるの。でも私は死期の近い者の前にしか現れないから、頼みごとを叶えることができたことは、これまでほとんどなかったわ。あなたはある意味で、幸運だったのかもしれないわね」
言い終わらないうちに、シオネコは鼻を天に向けぴくぴくと耳を激しく前後に動かし、すうっと赤い目を細めた。
「おやおや、もう次の魂が待っているみたいね。最近、本当に忙しくなったわ」
肩で大きくため息をつき、シオネコは背中をぐーんと曲げて大きく伸びをした。
「さて、私はもう行くわ。私もあなたたちに会えて、本当に嬉しかった」
シオネコはすっと立ち上がり、二つの塩山にそれぞれ一回ずつ、体をすり寄せた。
それからひと声、にゃあん、と鳴くと、塩の街の中へと去っていった。
(了)
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