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サクサクと、靴底が真っ白な大地を踏みしめる。鼻まですっぽりと覆った布を指で眉間の下まで押しあげると、僕は、顔を上げた。
目の前に広がるのは、かつては豊かな水と食べ物はもちろんのこと、華やかな芸術の都を誇っていたはずのーー廃墟だ。
今ではすっかり活気を失ってしまった通りに、サラサラとした白い顆粒が降り積もっている。
一見すれば雪のようにも見えるそれは、雪とは違って溶けない。だから、降った分だけ溜まっていく。静かに、でも、確実にね。
いつかは、この都市全部が埋もれてしまうのかもしれない。
溶けることなく、冷たくもなく、だけど綺麗なその白い結晶の正体は、塩だ。
条件によっては、雨で溶けた塩つぶがひとつになって再結晶し、大きな結晶になることもある。街の中にはそうしてできた塩の氷山が、あちこちに点在していた。
真夏だというのに、僕が服の上に広い布一枚を余分にまとい、頭も口も布で覆っているのは、べたべたとした塩気たっぷりの風から肌を守るためだ。
特に、空から降ってくる塩が髪の中に入ってしまうと、汗に塩が溶けてしまうことがあるから悲惨だよね。べたべたを通り越して、頭全体がヒリヒリとした痛みを伴った猛烈なかゆさに悶えることになるらしいから。考えるだけで、肌がむずむずしてくる。
見上げれば、今日はめずらしく晴天。雲ひとつない青空だ。
何だか気分がよくなって思い切り空気を吸いこんでみたのだけど、すぐに後悔する。息を吸えば、嫌でも塩の香りが鼻をついてくるからだ。
海水の中で暮らしている魚って、こんな気分なのかなあ。いささか粘り気のある塩の香りにむせながら、僕はふとそんなことを考えた。
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