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「何やってるの。さっさと行くわよ」
ふいに足元から、ツンとした声がとぶ。
声の主は毛足が長いふわふわの毛に覆われた尻尾をぷんぷん揺らし、僕の前方を優雅に歩いていく。彼女は全身の毛が真っ白だから、少しでも離れると、地面の白い塩と見分けがつかなくなってしまうんだよね。
「もうちょっとゆっくり歩いてよ、シロネコさん。僕、こう見えてけっこうくたびれているんだから」
「シオネコよ。間違えないで」
僕の弱音は完全スルーのくせに、言い間違いだけはピシャリと訂正して、見た目はどう見たってシロネコなシオネコさんは歩き続ける。
ここだけの話、歩くことに飽きてきたら、わざとシロネコと呼んでからかってあげているんだよ。だってほら、退屈な日常には、適度な刺激が必要でしょ?
人の言葉を話すシオネコさんと出会ったのは、街に着く一週間とちょっと前のこと。朝起きたら枕元にいたっていう、嘘みたいに王道ファンタジーなシチュエーションだった。
だから驚きよりも笑いが先にきちゃったことは、シオネコさん本人には内緒にしておくつもり。
たぶんだけど、シオネコさんは、とってもプライドが高いみたい。
例えば、前に「シオネコがいるなら、シオイヌもいるのかなあ」って何気なく口にしたらすごく怒っちゃって、しばらく口をきいてくれなかったことがあった。
シオネコさんいわく、イヌにシオは、豚に真珠と同じこと、なんだそう。イヌは地獄がお似合いよって言い放ったときには、さすがに僕もドン引きしたけどね。よくわからないけど、よほどイヌが嫌いらしい。
シオネコさんはもしかすると、僕が頭の中で造りだした幻なのではないか。最初はそんな風に疑ったりしたこともあったけれど、今は、まあ幻でもそれはそれでいいかなって感じになってきた。
だって、広い道の真ん中で、塩で肌がぼろぼろになった顔を空に向けてケタケタと笑い転げる女の人や、血走った目を見開いてそのへんの塩を手当り次第に口に放りこんでいるおじいさんとかに比べたら、幻のシロネコと話すくらい、可愛いレベルのイカれ具合かなって思えてさ。
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