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「あ、待って。ちょっと、行ってきてもいい?」
「……またなの?」
シオネコさんは立ち止まって顔をちらりと後ろに向けると、僕を流し目でにらんだ。でも、僕が立ち止まった理由も知っているから、早くしてよね、とだけ言って、僕の行動を許してくれる。
普段はツンツンしているけど、とっても優しいところもあるんだ。ほんと、シオネコさんって可愛いやつだよね。
「ありがと」
僕は満面の笑みでシオネコさんにお礼を言うと、進行方向から向かって右手に折れた。そこまで広くない道路の脇には、塩詰まりを起こした排水溝がある。その一部に、こんもりと塩が盛られたようになっている場所があった。
寝そべった小型のアザラシくらいある、塩の山。僕はその前に両膝をついて座り、目を閉じて手を合わせた。
塩の雨が降り出してからというもの、都市機能や農産物の生産は壊滅的な被害を受け、これまでに数えきれないほどの人が亡くなった。
塩に埋もれて死ぬと身体は塩となり、時間が経てば風化して、触れれば粉々に砕けるほどになる。僕が今手を合わせているのも、死んで塩となってしまった誰かの遺体だ。
ほら、ここにまだ少し、手の形が残っているでしょう?
「全部の遺体に手を合わせていたら、あなたの心が持たないわよ。きっといつか、限界がきてしまうわ」
いつものごとく、シオネコさんからたしなめられる。
シオネコさんの言うことは、正しいとは思う。でも、僕にはやっぱり、どうしても譲れないものがあるのもまた事実なわけで。
「だってさ、もしかしたらこのご遺体が、彼女かもしれないじゃない。今まで手を合わせてきた遺体のどれかかもしれないし、これから先に見つける遺体かもしれない。僕が素通りしちゃったら、彼女はきっと、悲しむから」
いつものごとく、僕はシオネコさんに返事をする。僕はズルいから、この話題を振ればシオネコさんはもう言葉を返さないことがわかっているんだ。そうするとシオネコさんは小さくため息をついて、複雑な思いをにじませた赤い瞳をじっと僕に向けてくる。
誰かを悲しませる言葉っていうのは、何度言っても気持ちがいいものじゃないね。ごめん、シオネコさん。心配して言ってくれていることは、ちゃんとわかっているからね。
それからも僕は、道すがらに出会った何体かの亡骸に手を合わせながら、シオネコさんと街の中心へと向かっていった。
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