ソルティキャット

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 久しぶりに踏みしめるこの道は、僕もかつて歩いた道。どこもかしこも塩に埋もれていて、辺りの景色は一変してしまっていた。  でも、すっかり変わってしまったのは、道の様子だけじゃなかった。  塩の雨が降る前の、人なつこくて、優しくて、とことんまで美を追求することに情熱を燃やす街の人たち。アーティストになる夢を見て田舎から来た僕を温かく受け入れ、育ててくれた大好きな街は、彼女は、もうここにはいない。  真っ白な塩つぶに覆われた道を歩きながら、僕は、心臓の上からぎゅうぎゅうと重石を乗せられていくような気持ちになった。  夢破れて田舎に帰っていた僕は、塩の雨で街が壊滅しているという噂を知り、いてもたってもいられなくなってすぐに家を飛び出した。  僕は家族が止めるのも聞かずに、着の身着のままで街に向かったんだ。昔、両親の反対を押し切って家出同然に一人街へ出て行った、あのときみたいに。  どうしても街を見たいという僕に、道の途中で一緒になったシオネコさんはずっと付き添ってくれた。  努めて笑顔を絶やさないようにしていたつもりだったけれど、シオネコさんは、街に入ってからの僕の強い悲しみを感じとっていたみたいだった。動物の勘、てやつなのかな。  水筒の飲み口に粉をふいたようにこびりつく塩を、指で丁寧にこすり落としてから、僕は中の水をごくりと飲んだ。それから、ふう、と小さく息をつく。何日か前に集めた雨の水も、これで最後だ。  水と塩さえあれば、何も食べなくても二週間近くは生きられるらしい。でもいくら塩があったって、水がなければ三日で死んでしまうんだそうだ。  水不足は、本当に深刻だ。地下の水はことごとく塩に汚染されているから、飲めたものじゃない。それでも喉の乾きに耐えられなくて飲む人もいるのだけど、飲んだらもっともっと喉が渇いてしまって、すごく苦しんで死んでいくところを何度も見てきた。  だから、まれに降る雨水はとても貴重だ。この雨水も実は、ちょっとしょっぱいのだけど、地下水ほど濃くはないから、それを飲んでなんとかみんな生き延びている。もちろん、飲み過ぎれば汚染水を飲んだ人と同じ運命を辿ることになるけどね。  そんな状況だから、水泥棒もしょっちゅう出るし、水をめぐるケンカもよく見かけた。みんな、生きるのに必死なんだ。
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