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見間違えるはずがなかった。この女神像は、彼女の作品だ。人々を癒す素晴らしい彫刻を生み出すとかつて評判だった心優しき女流芸術家、まさにその人のもの。
とっさに僕は、ぐるりと周辺を見渡した。水のことなど、頭の中からもうすっかり吹き飛んでしまった。
何の証拠もなかったのに、僕はどうして彼女が死んだという情報をそのまま信じてしまったんだろう。まだ、彼女は生きているかもしれない。この近くに、いるかもしれない!
そのとき、くいくいと、羽織っていた布を下へとひっぱられ、僕は視線を足元に落とした。すると、僕の布のはしを口に加え、何かを訴えるようなシオネコさんの赤い瞳と目が合った。
何でシオネコさんが僕を呼んだのかと一瞬首をかしげたが、地面に向けた視界の端に何かがあることに気づいて、僕ははっとしてそっちを見た。
女神像のすぐそばにある、寝そべった小型のアザラシほどの塩の塊。風化具合から考えると、死後二週間は経っていそうなその遺体から、顔や目鼻立ち、小さななで肩などが辛うじて判別できる。
わずかな手がかりではあったけれど、それが彼女の身体だということを、僕はすぐに確信した。
僕は、その場にがっくりと膝をついて泣き崩れた。もう枯れきったはずの体のどこにしまっていたのかと思うほどのたくさんの涙がこぼれ落ちては、塩と化した彼女の身体にぽたぽたとしみこんでいく。
サクサクと、また塩の雨が降り始めた。数日前の晴天の反動だとでもいわんばかりに、いつもよりずっと降る量が多く、みるみるうちに僕の体に降り積もっていく。
それでも僕は、その場から動かなかった。いや、もう動けなかったというほうが正しいのかもしれない。体力も涙も心も、全部使い果たしてしまって、体にはもうまったく力が入らなかった。
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