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「逃げないの?」
体が半分ほど塩に埋まったころ、僕はシオネコさんにやっと声をかけた。僕は動くことを諦め、彼女の亡骸に折り重なるように身を添えていた。
そんな僕の目の前にシオネコさんが座り、二つの赤い瞳でただただじっと僕を見つめていた。その小さな白い体の上にも、すでにたくさんの塩が積もり始めている。
このままじゃ、シオネコさんも僕と彼女と一緒に塩に埋まっちゃうよ?
「私はシオネコ。塩には負けないわ」
いつまでもそんな強がりを言うシオネコさんが、何だか可愛らしくて、僕はクスッと笑ってしまった。最後の力を振りしぼり、僕はシオネコさんに手を伸ばす。
シオネコさんは、僕の顔の横にゆっくりとうずくまり、僕が触れやすいように頭を差し出した。
「ねえ、本当は、嘘だったんでしょう?」
僕は、毛がすっかり抜けてしまってすべすべになったシオネコさんの頭をなでながら、かすれた声でささやいた。
「貯水タンクのこと? まあ、半分はそうだったかもしれないわ。ここは秘密でもなんでもない、公共の貯水タンクよ。中の水は災害後すぐに市民に開放されて、もうすっかり空っぽだけれどね」
シオネコさんは目を細め、僕になでられるがままになっている。
「ありがと、シロネコさん」
「シオネコよ。あなた、わざと言っているでしょう?」
「ふふ、ばれちゃったか」
「ばればれ過ぎて、こっちが恥ずかしいわよ」
「あはは。でもほんと、ありがとね。僕、シオネコさんと出会えて、とっても……」
嬉しかったよ。
その言葉をきちんとシオネコさんに伝えることができたのかどうか、定かではない。だんだんとシオネコさんの像がかすみ、輪郭がぼやけていく。
それからどうしようもなく強い眠気に襲われて、僕はゆっくりと目を閉じた。
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