夾竹桃 -キョウチクトウ-

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 雨のじめじめした空気と暑苦しいコートのせいで、肌は汗ばんでいたし、しばらく店を探して走り回ったお陰で喉も渇いていた。  そこに入る冷たい水は、骨身に染み渡る。思わず男はおやじくさく「くぅ~っ」と高い声をあげた。  すると、すぐに老人はさっと寄ってくる。手には柔らかそうな真新しい無地の白タオル。それを差し出し、老人はにこりと微笑む。 「予報だと午後でしたし、大変だったでしょう。タオル、使いますか? それとお冷やのおかわりもお持ちしましょうか?」 「お、悪いね。助かりますわ。お冷やもおかわり宜しく」 「かしこまりました」  タオルを受け取り、コートの男は帽子を取った。艶やかな黒髪がぱさりと垂れ、男のサングラスが僅かに隠れた。長い髪もまた、湿気っぽい今の時期にはなかなか鬱陶しいものだ。汗の滴る髪をタオルでさっと拭って、サングラスも外す。  生憎人目はない。喫茶店からすれば困った事なのだろうが、店はがら空き、コートの男以外には誰もいない。  ようやく窮屈さから解放された顔をぐいと拭うと、ようやく男はほっと一息ついて、深く息を吐き出した。  この瞬間が溜まらない。  実際その心地よさが忘れられずに、いつもこの暑苦しい格好でいるわけではないが、中々に癖になる感覚だ。  再びお冷やを運んできた老人を見返した男の目は、ぱっちりと、大きく見開いていた。 「お待たせ致しました」 「どもっす。あ、とりあえずコーヒー頂ける? えっと、このオリジナルブレンド? ってやつで」 「はい。かしこまりました」  一瞬老人は驚いた様子だったが、特に何も言わずに再び微笑み戻っていった。その反応を見て、コートの男はにやりと嬉しそうに笑った。  男の目はぱっちりと開き、目を大きく見せる長い睫毛、そして白く透き通るような柔らかそうな肌は、女性を思わせる。  確かに人が多ければ目立つであろう。すっと通った鼻筋や、潤いが見て取れる綺麗な唇、ありとあらゆる顔のパーツが人の目を惹くものばかり。男、こうなっては女やも知れぬ男はただただ美しかった。  老人も驚いたのだろう。それがその美貌にか、男と思っていた人物が女のように見えたからなのかは分からないが。  しかし、それでも何一つ言わずに、接客を行う老人の徹底っぷりがコートの男には心地良かった。 「思わぬ収穫。名店発見。今日はツイてる」
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