第1章

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「お風呂お先」 浴衣姿の先輩が戻ってきた。 「じゃあ、自分も」 「うん」 髪をねじり上げ、ヘアクリップで止めている先輩のうなじに目が行った。 白くて細い首筋がなんだか頼りない。 お風呂は檜作りの内風呂と小さいけれど露天も付いている素敵なものだった。 ちゃぷ、と手でお湯を掬い顔を付ける。 昇る湯煙でいい感じに視界が曇る。 初見さん、良い所知ってるんだな。 随分寛いで部屋に戻ると木製の座椅子に膝を抱えて顔を乗せている先輩の後姿が目にはいる。 「先輩?」 覗き込むと硝子の器に削られた氷で冷やされている冷酒を飲んでいた。 「……先輩」 「あ、おかえり」 「頼んだんですか?」 「だって、折角こんな素敵な所泊まれるんだから……楽しもうと思って。 そしたら自家製豆腐と鱧も持ってきてくれたよ? 羽山も一杯」 切子のグラスを差し出された。 向かいに腰を下ろし、冷酒に手を伸ばす。 「甘口で、飲みやすいですね」 「んー……」 二合ほど入りそうな硝子の徳利は半分以上減っていた。 よく見れば、先輩の頬も首筋も色づいている。 いつも髪をおろしている姿しか知らない。 見慣れたスーツ姿じゃない。 非日常空間で……不思議な気分。 「名古屋までの徐行運転が漸く始まったって、さっき女将さんが言ってた」 「そうですか」 「なんか、羽山と同じ部屋にいるのも結構慣れたね」 「……」 そういう事平気で言うんですか?
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