第1章

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「おはよーございます」 出勤しようと部屋を出た所、明るい声をかけられた。 「おはようございます」 「あ、私隣に住んどる市野です。 この間は災難でしたねー」 人差し指を隣の部屋に向けるその人は、ゴミ袋を持っていてゆる巻ロングでスウェットにサンダル姿だった。 「あ……ありがとうございました。 貴方のお陰でうちの被害が少なくて済みました」 頭を下げると市野さんは大きな口を開けて笑った。 「気にしやんで?そんな大した事しとらんし」 エレベーターを待ちながら会話を交わす。 「木崎さん、あの時一緒におった人彼氏さん?」 「え?」 「なんか凄く木崎さんの事心配しとったし、支えてんの見て頼りになる人がおるってえぇなぁって。 私はお店の子ぉ呼んで来てもらったんやけど、全然駄目。 他人事やもん」 「……あの時の事、実はあんまり覚えてなくて。 私よりも市野さんの方が大変でしたよね」 「あぁ……部屋の荒れ方にはびっくり。 忘れ物取りに行って良かった。 801に住んどる人も女の人やったけど、引っ越すんやって」 「そうなんですね」 「……木崎さんは?大丈夫?」 「はい。なんとか」 「そっか」 すっぴんの市野さんの笑顔は屈託なくて、明るい。 「市野さんて関西の人なんですか?」 「三重やよ」 「そうなんですか」 エレベーターが1階につき扉が開いた。 「じゃあ行ってらっしゃい」 ひらひらと手を振る市野さん。 「じゃあ」 会釈を返し、ゴミ置き場の方へ向かう市野さんに見送られ、マンションを出た。 日差しが強くなって来た。 光に手をかざして目を細める。
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