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少し先の堤防脇に、見慣れた赤い自転車が停まっていた。
俺は慌てて車を端に寄せ、停車する。
そうして誘われるように、海岸の方に目を向けた。
「………………!」
海に向かって佇む、夕陽の金色に縁取られた華奢な女性のシルエットが目に飛び込んでくる。
それが千波さんだと気付いた瞬間、俺は無我夢中で車を飛び出していた。
………あれだけ悩んで買った花束を助手席に置きっぱなしだと後で気付くのだけれど。
この時の俺は、千波さんしか見えていなかった。
「………………」
砂浜に降りた俺は、一度そこで足を止めた。
急に走って乱れた呼吸を整える。
そうして、押し寄せる夜の帳に見失ってしまわないように、俺はじっと千波さんの姿を見つめた。
ここで海に向かって叫んでいた千波さんの後ろ姿もとても淋しげだったけど、今はそれ以上に、その背中が儚く脆く見えた。
ゆっくりと、千波さんに向かって固い砂を踏みしめる。
そしてあの日と同じ場所で、俺は足を止めた。
「…………千波さん」
躊躇いがちに声をかけると、彼女の小さな肩が微かに揺れた気がした。
けれど、こちらを振り返らない。
聞こえなかったのかもしれないと思い、今度はもう少し大きな声で呼び掛けた。
「千波さん」
その瞬間、彼女がパッとこちらを振り返った。
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