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……ダメだ。
一度踏み込もうとして拒まれたことを、忘れていたわけじゃない。あの時も、私は上村に受け入れてはもらえなかった。
「ね、だから……」
再び別れの言葉を告げようとしたそのとき、上村が顔を上げた。私を見つめる瞳が、不安気に揺れている。
「俺は……怖かったよ。最初は嫌がってたくせに、どんな自分を見せても香奈は自然に受け入れてくれて、それが嬉しくて。香奈といる時だけは、本当の自分でいられた。
でも、このままずっと香奈の側にいたら、弱いとこも情けないところも全部さらけ出してしまう。そうして嫌われるのが怖かった。いつだって一番大切なものは、この手をすり抜けて行ったから。
失うくらいなら自分から離れた方がいい。苦しまなくてすむから、だから――だから、俺は香奈から逃げ出したんだ」
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