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「あ、ありがとうございます!!」
「……でもな」
舞い上がるイーナの礼に被せるように、親方が続けた。
「今のお前には、いまいち足らんもんがある」
「!?」
意気消沈するイーナに水晶玉を返しながら、親方は唐突に、彼女にある仕事を言い付けた。
「これから、ひとっ走り配達を頼めるか」
イーナには、頷くしか術はなかった。
親方に配達を言いつけられた場所は、ケーニヒスベルクからずっと離れた森の中だった。地理的にも王領の郊外に位置し、森の範囲は隣接する領邦との境界線に沿って広がっている。有害なモンスターが指定区域に隔離される前は、この辺り一帯にワーウルフ、つまり人狼族が生息していたという話もある。トボトボと親方に託された品物を抱えて森の中を進んでいくと、細い小路の先に一軒の小屋が見えてきた。近づいてみると、木造りの壁にひっそりと「ハイラー魔法工房」の看板が打ち付けてあった。親方に言われた配達先だ。イーナはその古めかしい扉の前で呼吸を整えると、恐る恐るノックをして中に呼び掛けた。
「ごめんください、クリスタルシュタイナー工芸の者ですが……」
奥の方から返事が聞こえ、ゆっくりとした足音が近づいてくる。足音が入り口の付近で止み、ギシリと音を立てて扉が中から開かれた。イーナがかしこまって膝を折ると、中から現れた人物――伝統的な魔法使いの衣装を纏った老婆が柔和な微笑みを見せた。
「おや、ゲオルクじゃなかったかね」
「親方の使いで参りました。マグノリエ・ハイラーさん、ですね?」
老婆が頷くのを確認したイーナは、早速親方から預かってきた商品を彼女に手渡した。老魔法使い・マグノリエは満足げに工房の包装を眺めると、イーナに言った。
「お嬢ちゃん、せっかくケーニヒスベルクから来たんだから、中でお茶でもいかが?」
「い、いえ! 滅相もない!」
イーナは慌てて固辞したが、マグノリエは彼女を放してはくれなかった。
「お代を入れたお財布、工房の奥にあるのよ。年寄りなもんで、取りに行ったらお待たせしちゃうわ。せめて、中で待っててくださいな」
「は、はあ……」
イーナはこうして半ば強引に、工房の中に招かれることとなった。
「失礼します……」
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