プロローグ

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   微かに赤く発光する眼を怒らせ、狼の頭が咆哮した。  鋭く迸った音響は、狼のそれではなく女人の絶叫。  怯んでいる暇などない。六肢のなかで特に発達した後脚が、2度目の突進を繰り出した。  今度は右方に飛んでかわしーー再びぶわりと土色の砂塵が散る。強靭な後脚の着地に、コンクリートが亀裂を刻む。  真横に回ることでようやく、その全貌を認められた。  全長は3メートルほどか。  月光を跳ね返し輝く、薄い翅に包まれた細長い体驅。  各々の方向に山折に折れ曲がった六肢を忙しく動かし、標的を正面に捉える。  狼の頭。  バッタの身体。  鳴き声は、人の女。  漏れ聞こえている息遣いまでもが、それらしい艶を帯びている。  「デタラメ」な化物を前にした状況。  常人ならば竦み上がるどころか、茫然とし、身の危険にすら認知が追い付かないだろう状況で。  少年は、にい、と。  両頬に笑窪を浮かばせる。 「偵察、必要無いっぽいな」  独りごちたのは、場にまるでそぐわない穏やかなテノール。  そしてーー諸手に視覚化した力の形を、「迎え撃つため」に整える。
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