序章

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「身なりもよいですし、かなりの身分の人かもしれませぬ」 「……しからば、敵かもしれぬ」  信時はやっと娘から視線を外して、冷静に言った。  その時、桶に水を溜めた尼が戻ってきた。  尼はそのまま娘の枕元に寄り、布を水に浸して軽く絞ると、娘の額にのせる。  その様子を見て、俊幸がそっと小声で促した。 「さ、そろそろ行きませぬと。あとは尼御前にまかせましょう」  信時は頷いた。  俊幸が尼に言う。 「我等は先を急ぐ故、もう行かねばならぬ。申し訳ないが、その人をお頼みできましょうか」 「見ず知らずの人をお助けになったお二人。とてもよいことをなさいました。御仏もお二人をお守り下さるでしょう。ご心配なく。あとはこちらで、この御方のお世話を致します故」  尼は、にこやかに言った。  これから殺生するために先を急ぐ二人に、何で御仏がご慈悲を下さろうか。信時は心が苦しくなった。行きずりの娘一人の命を救ったとて、これから何百、何千もの命を奪いに行くというのに。
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