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大きな池があった。清らかな水を漫々と湛えている。
「あっ!」
初めて老人は、若君が供を命じた理由に気付く。
「おおじ。前に、この水を飲んでみたいと言っていたな」
「なんとも、いやはや……」
孝行な若君である。
年寄りは涙もろい。すぐにぼろぼろ涙をこぼし始めたので、信時は慌てるやらおかしいやら。
「喉が渇いた。早く飲もうよ」
「はい。はい」
下馬し、二人は連れ立って池のほとりまでやって来た。
相当大きい。かなりの水量だ。
沢山の人が訪れては水を汲み、喉を潤すのだろう。柄杓が幾つか置いてある。
信時は柄杓を取って水を汲む。名水で満たしたそれを俊幸に渡し、さらにもう一つの柄杓に水を汲んだ。
俊幸は柄杓を押し頂いたまま、信時が次の柄杓に水を満たすのを待っていた。
信時が、柄杓に口を付け、一口飲み、
「うまい。おおじも飲んでみよ」
と言うと初めて、
「では。戴きまする」
と、有り難そうに水を飲んだ。
「ほう。これは甘露な。体の隅々にまでしみまする。某の老いてぼろぼろになった全身の骨のひびの隙間に入り込んで、潤いを与えてくれるような」
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