序章

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 老人の大袈裟な感動がおかしく、信時は吹き出した。 「ほ、骨にまで染み込むか?」 「はあ。骨が潤いを取り戻し、やわらかくなったようで。いやあ、ありがたいですなあ」 「それはよい。もっと、二杯でも三杯でも飲んだらよかろう」 「はい、はい」  俊幸は嬉しそうに、新たに水を汲む。  望みの名水に出会えたのだ。  それだけでも幸せなのに、猛暑の行軍で喉が渇いていたこもあって、もともと甘露な水が、余計においしく感じる。  だがそれ以上に爺は、若君が自分のために、ここまで連れて来てくれたという、その心が嬉しかった。胸いっぱい。名水は、幸せの味がした。  夢中で水を飲んでいると、ふと信時が、遠くに目を凝らし、 「おおじ。あれは人ではないか?」 と、注意した。 「はえ?」  老人も顔を上げ、信時の指差す方向を見る。  東南彼方、百草百花乱れる中に、確かに人が臥しているような、そんな感じの何かが見えた。  その草むらは、日なたである。夏の強い日光が直射している。  信時と俊幸は、顔見合わせた。 「もしも人ならば、大変ですぞ」
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