序章

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 俊幸は、柄杓を放り出し、健脚でもう、そちらに向かって歩き出していた。信時もすぐにその後に続く。  俊幸がその草むらに至ると、やはりそこに横たわっていたのは、人であった。間違いなく、人間の女が地にうつ伏している。  白い衣の黒髪長き女。傍らに、樽が転がっている。 「しっかりなされ、いかがなさったか」  女の背に手をやり、体を揺すってみるが、全く反応がない。  信時が追いついて、 「どうだ?」 と尋ねた。 「はあ、気絶しておりますな」  俊幸は女の体をくると横に転がして、仰向けにさせた。初めて女の白い顔が見えた。 「こ……」  二人は息を呑んだ。  これは。真っ白な芍薬の花を思わせる。精霊か何かのような、まだ若い女である。透けるような色の白さ。日に透けて、そのまま消えてしまいそうだ。  俊幸は女の背に手を置いたまま、身動きできずにただ目をぱちくりさせるばかりである。じっと女の白い顔を見ている。と突然、その白い額に、他人の手があてられるのが見えた。
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