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それではと、信時は娘の上半身を抱き起こしてやった。体が縦になれば飲めるかもしれない。
再び柄杓をその口にやる。
しかし、水は娘の口に少しも入らず、全て唇から流れて、娘の顎から首を伝い、胸を濡らした。
「飲みなさい。飲まねば死んでしまう。さ、飲んで」
信時が必死に声をかけるが、娘の反応はない。
「飲みなされ」
俊幸も言う。が、突然「あっ」と驚きの声を上げた。
何を思ったか、ふいに信時が柄杓を己の口元に運び、水を全て口中に含んでしまったのだ。そのまま、空になった柄杓を俊幸の方に無言で押しやる。俊幸がそれを受け取るが早いか、信時はその刹那、娘の唇に自分の唇を重ねた。
「若君っ!?」
俊幸は柄杓を放り投げてしまいそうだった。
この若君は、何と見知らぬ娘を助けるために、見知らぬ行きずりの他人に口移しで水を飲ませたのだ。
何という御方か。そう思った次の瞬間、俊幸の正義は、衝撃に勝った。すぐに柄杓に水を満たして信時の手に握らせる。
信時はそれも口に含んで、娘に飲ませた。
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