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幾度かそれを繰り返した後、信時はそっと鎧下に忍ばせていた布で娘の口元を拭ってやった。口移しとはいえ、多少娘の口から漏れた水が、彼女の顎の辺りを濡らしていたからだ。
「とりあえず、水は飲ませたが、どこか涼しい所で介抱せねばなるまい」
「そこの庵に頼みましょう。薬もあるやもしれませぬ」
「そうしよう」
信時は娘を抱き上げ、先程この泉に来る前に通った、庵まで運んだ。
二人が門の前まで来ると、ちょうど中年の尼が庭を掃き清めているのが見えた。
尼はすぐ鎧の擦れる音に気づいて、門外に眼を向けた。信時と俊幸を見て、一瞬ぎょっとしたようだったが、
「すまぬが、この人を助けて下さらぬか」
と、信時が腕の中の人を見せると、尼はすぐ安堵の色を滲ませた。
「まあまあ、いったいどうしたのですか」
尼は箒を庭木の幹に立て掛け、こちらに歩み寄ってくる。
「暑気でしょうか、あちらに倒れていました。水は飲ませたのですが、涼しい所に寝かせないと。こちらをお貸し願えまいか」
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