囚われし者

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幾日かが経っていた。 彼は次第に此れが夢でなく現実であるという事を受け入れ始めていた。それは勿論主観に基づく認識であり、客観的な証明が嘗て為されたわけではない。故に彼はまだ長い午睡から起きることが出来ていないだけかも知れなかった。しかし其の考えに基づくのであれば現状、世界から孤立し続ける彼も誰かの想像(フィクション)であるという事を否定する事もまた叶わなくなるのである。 そう。それはまるで、何も生物のいない森で巨木が倒れる様に。 彼は其れ以上の考えを打ち切って寝転がる。テーブルの下に両足を潜らせ、冷たく硬い木製の床へと背中を着けた。打ち切った所で何をする事もない。寝飽きる程寝て、しかし状況は何ら進展せずにただ徒に時間だけが過ぎていった。 其の様な中で彼が出来ることと言えば、其れは乃ち考える事。というよりも寧ろしたくなくても、考えてしまうのだ。機械の様に何もしなくても良い時は停止できればいいと、どれだけ彼は考えたろうか。安っぽい照明と見飽きた天井を見上げながら彼の中で泡立つ様にしてまた取り止めの無い事が頭を擡げる。 本能的に理解していた。其の有象無象の泡の中に、悍ましい本質が潜んでいる事を、彼は心中で理解していた。それはとびきりの、鼻が捻じ曲がる程の腐敗臭と、触れただけで肌が糜爛する様な毒性とを携えた、自己顕示欲溢れる極彩色の考え(アイデア)である。それは日が経つ程に存在感を増し、巧みに偽装(カモフラージュ)して彼に迫っていた。 彼は背筋に拭い難い冷たいものを感じながら、高い空を行く鳥の音をBGM代わりにして、何度目かも分からない入眠を試みた。
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