囚われし者

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「おいおいそれじゃまるで、ガイシャが無人島生活でもしていたみたいじゃないか?」 事実を聞き終えた碓井は、有り体な感想を嘆息と共に吐き出した。服部はただそれに同意する他ない。それも尤もな話であった。この日本に限定した話でも、不可解な事件というのはごまんと在る。首吊りを図ってからの飛び降り死、自分で自分の頭をハンマーで殴りつけ死亡、これ等は皆自殺として判断され、そして此の件も恐らくはそうなるであろう。 碓井は有り得ねぇ、と小さく呟く。 現場には、被害者が窓もドアも開け放たれた室内で監禁されていた痕跡があった。それは例えば血で描かれた幾つもの正の字であったり、戸を叩いた跡であったり、である。つまり電気もガスも水道も通った部屋の中で胃をほぼ空にして被害者は、『碌に飲食もままならない中に監禁されて自殺した哀れな人間』であるかのように、死んでいた。 それだけでも吐き気を催す程に不可解であるのに、更に極め付けの事実が此の部屋の前の住人である相川に関連して存在している。被害者はプリペイド式の携帯電話を唯一所持していた。ユーザ名が意図的に消されていたそれに残されたたった一つの形跡は電話帳の一番上、『ジタク』として登録された、相川一広の自宅の番号に、凡そ一週間前に電話をしたという通信履歴ただそれのみであった。時系列で考えるに、それが被害者の最期の電話であったことは間違いない。五秒もない其の通話時間の中で被害者に何か死を決意させるようなモノがあったと、そう考えるのは、未だに血に煙る現場の齎す様な穿った見方ではないだろうと碓井は思う。 碓井は煙草を取り出した。それを服部は見咎めて注意する。事件現場は禁煙だそうだ。嫌煙厨め、と碓井は毒を吐いて構わずに火を点け紫煙を燻らせる。そして部屋の片隅で動き回る鑑識の様子を見遣りながら、大きな煙を吐いて、そして口を開く。 「なぁ、服部。コレな、三件目なんだ」 服部は言ってる意味が分からない、とばかりに呆けた反応を返した。 「此の一か月の内に滋賀で一件、鹿児島でも一件。そして今ここ、愛知でも一件。まぁ、他の管轄の事だし、マスコミ各位にも箝口令を敷いたから分からなくても無理は無いけど、な」 「それって……」 碓井は服部の言葉に、正解ともそうでないとも言わずに煙を吐いた。然程値段の張る物でない、安っぽい刺激臭が部屋に広がって消える。
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