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所謂夜勤族である私は、普段は二人でシフトを回しているのですが。土曜だけは人手が足りずに、仕方無く、一人で仕事をしております。
それはある春の日でした。桜散り終え、雨のちらつく日の事でした。
一人で勤務に当たっていたので、土曜の事だったかと思います、雨がしとしとと降っている、春先の事。
私は夜勤をしているのですが、どんなに光を灯していようとも。夜、というのは、闇そのもの。
どんなに光を灯していようとも、夜はなんとなく恐ろしいもので。
私がとある春先の日に経験してしまったそれは、もしかすると闇を恐れるあまりに見てしまった、幻覚だったのかも知れません。
とある春先の、雨がちらつく日の事でした。二人で居るならば、そう不安は無く、嫌な雰囲気程度で済むのですが。
その日は生憎の雨、そう、雨が降っていたのです。とある春先の日でした。
少しばかり休もうかと、腰を落ち着けた私でしたが。来店を告げる音に渋々立ち上がり、笑顔と共にいらっしゃいませ、と口にしたのですが。
そちらに顔を向けても扉すら開いておらず、からんころんとベルだけが揺れていました。確か春先の事だったかと思います。
おかしい、とは思いながらも、古い空調の所為で時折独りでに揺れる事も御座いますから。
私は窓の外で雨が降っている以外は、気にもならなかったのです。
再び腰を下ろした私ではありましたが、春の夜は冷え込むと言いますか。肌寒さを感じて、カァデガンを取りに、少しばかり奥へ行きました。
その時は春で、雨が降っていたかと思います。
それなのに、私がカァデガンを羽織り戻ると、いつの間にやらお客様が居りました。
時間にしては30秒も無かったかと思いますし、雨も降っていました。ベルの音もありませんでしたし、春の事でしたから、とてもよく覚えております。
ですがお客様に失礼を働いてしまったのは事実。私は席を外してしまっていた非礼を詫び、お客様にお飲み物を伺ったのですが。機嫌を損ねられてしまったのか、お返事は頂けませんでした。
よく冷える、春先の雨の夜でしたので。私は気を利かせたつもりで、熱燗を御用意したのですが。
お客様は手を付けても下さいませんでした。
しとしとと嫌な雨の降る、春先の事だったので。よく覚えております。
私は記憶力には自信が御座いますから。
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