真性異言「あるきたい」

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東京有明から沖縄までのフェリーの上。 わたしと夫、それに1歳過ぎの子供と一緒の旅。 海から吹き付ける風が強く、飛ばされそうになる。 わたしは子供を抱える手に力が入った。 「アルキタイ」 子供が舌っ足らずな発音で、しきりにわたしの手を離れて歩きたがる。 それを見る度に夫は目を細めて、無邪気に笑う子供を見た。 「危ないからダメでちゅよ」 赤ちゃん言葉で子供を諭してくれる。 傍目には幸せな親子に見えるだろう。 しかし、わたしは4年前までは地獄にいた。 前の夫の子供が亡くなったからだ。 4年前、今と同じフェリーでの船上。 元アメリカ兵の男が錯乱して、わたしと子供を人質にしたのだ。 身代金を要求する男に夫は狼狽えるだけ。 その哀れな姿に激昂した男は、泣きじゃくる幼い子供を海に投げた。
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