第1章

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還暦になると言うのに、元気な母親だと娘ながらに思う。 「ドロボーじゃなくて、私。」 「あぁ。何してるの?」 「離婚届を書いて家を出てきた。」 目を丸くして立ち尽くす母は、まるで脱け殻のようだった。 「あんなに反対したのに私の意見を無視して…あんたは結婚して家を出ていったのに…。また娘に戻って来るなんて…」 涙を流す母を他所に、麻紗は何も聞いてないかのように荷物を広げ始めた。 「はい、私が悪かったです。すいません。」 淡々と浅く答える麻紗の言葉は、どこかドライで離婚が他人事の様に聞こえてくる。 「麻紗、会いたかった…。」 「…え…?」 「娘に戻ってくれて良かったよ」 今度は麻紗の方が固まってしまった。 「まだ離婚は確定してないし…。まぁ、あの家には帰らないつもり。私には結婚は向いてなかったって、よく分かった。あ、二階の部屋しばらく使わせてもらうね。」 小分けにした荷物を手際よく二階へと運ぶ麻紗の姿は、どこか弱々しく寂しげに見えた。 そんな娘の姿を見た途端に元気付けたい気持ちに駆られた母は、麻紗を買い物へと誘った。 「荷物が片付いたら買い物に付き合ってね」 「あー、落ち着いたらね」 そのまま部屋に入ったきり、麻紗は声を殺して泣きじゃくった。 辛かった結婚生活、甘かった自分の判断力、何よりも母親の言うことは正しかったと言うこと。何もかもが嫌になって出てきてしまった。 そんな娘を罵倒することもなく、ただ娘として迎えてくれたこと。 甘やかされて育ったんだと、今にして思った。 ずっと耐えてきた苦しみは消えることは無いけれど、心を休めれば、また立ち直れる様になると思う。 そう心に言い聞かして涙を拭った。
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