0人が本棚に入れています
本棚に追加
還暦になると言うのに、元気な母親だと娘ながらに思う。
「ドロボーじゃなくて、私。」
「あぁ。何してるの?」
「離婚届を書いて家を出てきた。」
目を丸くして立ち尽くす母は、まるで脱け殻のようだった。
「あんなに反対したのに私の意見を無視して…あんたは結婚して家を出ていったのに…。また娘に戻って来るなんて…」
涙を流す母を他所に、麻紗は何も聞いてないかのように荷物を広げ始めた。
「はい、私が悪かったです。すいません。」
淡々と浅く答える麻紗の言葉は、どこかドライで離婚が他人事の様に聞こえてくる。
「麻紗、会いたかった…。」
「…え…?」
「娘に戻ってくれて良かったよ」
今度は麻紗の方が固まってしまった。
「まだ離婚は確定してないし…。まぁ、あの家には帰らないつもり。私には結婚は向いてなかったって、よく分かった。あ、二階の部屋しばらく使わせてもらうね。」
小分けにした荷物を手際よく二階へと運ぶ麻紗の姿は、どこか弱々しく寂しげに見えた。
そんな娘の姿を見た途端に元気付けたい気持ちに駆られた母は、麻紗を買い物へと誘った。
「荷物が片付いたら買い物に付き合ってね」
「あー、落ち着いたらね」
そのまま部屋に入ったきり、麻紗は声を殺して泣きじゃくった。
辛かった結婚生活、甘かった自分の判断力、何よりも母親の言うことは正しかったと言うこと。何もかもが嫌になって出てきてしまった。
そんな娘を罵倒することもなく、ただ娘として迎えてくれたこと。
甘やかされて育ったんだと、今にして思った。
ずっと耐えてきた苦しみは消えることは無いけれど、心を休めれば、また立ち直れる様になると思う。
そう心に言い聞かして涙を拭った。
最初のコメントを投稿しよう!