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「…………」
どの位そうしていただろう。
はっきりとしない、薄ぼんやりとした思考の中で。
コトコトと、台所から寸胴鍋で何かを煮る音が聞こえてきているのに気が付いた。
「……らぁ、めん」
そう言えば、妻はよく自家製ラーメンを作るのが趣味だった。
豚骨なんかを煮込むと、いくら換気扇を回しても部屋中に酷い臭いが充満する。
その度に私やお義母さん達に、臭い臭いと怒られていた。
「…………」
終いには、幼い息子にまで泣き声で苦情を訴えられる始末で……。
「……恵一?」
そうだ。
妻をそっとその場に横たえ、立ち上がる。
「恵一はどこだ?」
一人息子の恵一。
彼はまだ寝返りをうつのがやっとで、ハイハイすら出来ないのだ。
「恵一! 恵一!」
寝室のベビーベッドに走る。
「いない……」
そこはもぬけの空だった。
「くそ!」
狭い家の中を探し回る。
「恵一! 恵一!」
完全に冷静さを欠いているのが自分でもわかる。
「恵一! 恵一! 恵一!」
他に、優先して探すべき場所があるんじゃないか?
「恵一! 恵一! 恵一! 恵一! 恵一!」
何の音を切っ掛けに、私は息子の事を思い出した?
「……嫌だ」
ダシをとる為に豚骨を煮ると、もの凄い臭いがする。
「やめてくれ……」
とはいえ、呼吸する事すら躊躇ってしまうこの強烈な臭いは、尋常じゃない。
「頼む……!」
最初からわかっていたのだ。
最初から。
「嘘だ……嘘だ、嘘だ……」
台所へ入り、鍋の火を止め、ゆっくりと蓋をはずす。
「ぁ……ぁぁ」
するとそこには……。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
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