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ひと月ほど経って、やっと僕がその穴の存在にも慣れ親しみ始めた頃、部屋のインターフォンが鳴らされた。
彼女がいなくなってから、そんな事は一度もなかったのに。
僕は不思議に思いながらも、覗き穴からドアの外を見た。
でも外には誰の姿もない。
-----おかしいな。
用心しながら扉を開けると、扉に何かコツンと当たる音がする。
-----何だろう。
顔を覗かせるとそこには、シンプルで小さな白い箱が置かれていた。
それは指輪でも入っていそうな大きさの箱で、飾りもなければ手紙の一つもない。
僕はそれを拾い上げると、家の中のテーブルの上に置いた。
ひと月前だったらきっと、彼女が帰って来るのを待って箱を開けたと思う。
けれども、彼女は勿論帰って来ない。
仕方なく僕は一人で開ける事にした。
でもフタを開けた途端、僕は箱を放り投げてしまう。
床にぶつかったそれは、コロリと箱から転がり出た。
青白く細く長い。
それはどう見ても指で、すっぱりとした切断面の骨の部分だけが白く陶器のようにも見える。
僕はしばらくそのまま動けずに指を凝視していたけれど、この部屋には他に拾ってくれる人もいないから、仕方なく自分で拾う事にした。
すぐに入れられるように小さな箱を左手に持ちながら。
恐る恐る手を伸ばして指先にそれが触れた瞬間僕は困惑した。
-----え?
皮膚の柔らかい感触をイメージしていたけれど、僕の指先に触れたのは硬く冷たい感覚、つまり人間の指ではなかった。
僕はその指をつまみ上げ、まじまじと眺めた。
とても良く出来てる、けれどこれはレプリカだ。
僕はその指を箱に戻すと息をついてそのまま床の上に寝転んだ。
誰がこんな手の込んだ嫌がらせをするんだろう。
いつの間にか眠りに落ちた僕の夢の中に彼女が出てきた。
「あなたはもう私のことを忘れてしまったかしら。でもそれを見たら思いだしてくれるでしょ。ねえ、どうか忘れないで」
僕は彼女に忘れないから戻ってきてくれないか頼む。
でも彼女は悲しそうに微笑むと消えてしまった。
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