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ゆうすけはまた別の角度からそれを見ていた。見た目は何の変哲もない、ただの汚いおっさん。
全長にして十メートル以上に及ぶ案内標識という名の鉄の塊を易々と振り回し、本来は刃物ですらないそれで、巨大な家牛の体を分断していくのだ。
例え記憶を失った身であれ、異常としか思えないその力に怖気と怯えが走る。
この寒くなってきた昨今だというのに、ランニングシャツとハーフパンツを身にまとっただけの軽装であり、足元はあろうことか、クロックス擬きという、どうしようもないおっさんスタイルでありながら、動き出せばその姿は目にも止まらず、その膂力は家牛すらはるかに上回っている。
人間ではない。人間の皮を被った化け物。
そうとしか思えない。
・・・そして、その化け物を見て、隣の小鳥さんという、失った身でも忘れなかった、この愛おしいという感情を揺り動かされる女性は、たしかにこういった。
もげおさん。と。
旧知の仲とはとても思えない。
だがそれでいて、やっと会えた。そんな感情を想起させる二人の出会いは、ゆうすけの心を揺さぶるのには充分であり、
またそれがそのおっさんへの恐怖を増大させていた。
屋上から階下を見下ろす。
次から次へと押し寄せてくるゾンビの群れが、吹き飛ばされ、押し戻され、失われていく。
その戦い方は大ざっぱで、バカバカしい。
自らを中心として、半径十メートル以内にゾンビが集まるまで、なにやら歌を口ずさみながら待ち、そして最初のゾンビが彼に触れた瞬間、地面を抉るほどの回転。案内標識に触れたゾンビを触れた所をもぎとりながら巻き込み、吹き飛ばしているのだ。
「まーわるーまーわるーよ、おじさんはまーわるー、ラーメンツケメーンぼーくイーケメーン。 にゃーあにゃーあ、にゃあーにゃああー、生まれ変わってめぐりあーうっ!よいっしょぉっ!!」
・・・うろ覚えなら歌うな。
全力で叩きたい。
「にゃあーーーーーーー!!」
背後から今まで聞いたことのないような、大きな鳴き声。
子猫だ。
傷が癒え、むくりと起き上がってくる少年と女性を一瞥し、役目は果たしたとばかりにこちらへ向かい、走り出す。
「・・・花ちゃん。あなたも見たいの?」
座り込み、両手を差し出す、女性。
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