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斉涜怪と零志頭無の無残な骸に目もくれず、歩き出そうとする剣士の背中に、
「おい、待て!」
と言う怒号がぶつけられた。町の人々のわいわいと騒ぐ声にまじって軍靴と馬蹄の響きがした。
それらは、町の警備をする十人ほどの武装した兵士たちであった。
「待て、狼藉者!」
兵士の一人がそう呼ばわるも、剣士は知らん顔して歩き続ける。
「待てと言うに。聞こえぬのか!」
兵士らは駆け足で剣士を追い越し。さきほどのごろつきどもと同じように取り囲んでしまった。
町の人々はざわざわと騒ぎ出す。
あのごろつきどもは常日頃悪さを働き。無銭飲食のみならず、ゆすりたかり、ひどいときには殺人までおかしていた。
そのことを役人に訴えても、聞いてもらえずにいて。そのためごろつきどもの横暴は日増しにひどくなってゆく一方であった。
それなのに、ごろつきが惨殺されて警備の兵士らは剣士を捕えようというのだ。筋が違うと、町の人々は不条理と怒りを込めたまなざしを兵士に向けながら、剣士を心配そうに見つめていた。
剣士はようやく足を止めて、前に立ちはだかる兵士らを鋭い眼光で見据えていた。
「お前、町の者ではないな」
頭らしき騎乗の兵が馬上から剣士を睨みつける。
が、しかし。
「どけ」
剣士が言うと、騎乗の兵は一瞬身体をぴくりと動かして。それから金縛りにかかったように動かなかった。
それを横目に剣士はつかつかと歩き出した。
兵士らは戸惑いながら、剣士を見送るしかなく。大剣を担ぐ背中が小さくなるに任せるしかなかった。
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