晴れぬ疑い旨ウマ

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   土方さんが、目を一度も逸らさずに夏生を見続ける。  何かしらの収穫を手にすると土方さんは思ってたやろし……光久っていう名前の夏生の友達のことくらいしか今は芳しいものがない。  こっから、どう話を転がすか……。 「ふひー。飲みすぎたかなー。少し外の空気吸ってきまーす。戻ったら、お話の続きでもするとしましょうか、ね?」  夏生は、この空気から逃げるように席を立つ。  このまま逃げる……かもしれん。  そう思って俺が部屋から出ていく夏生を追おうと腰を上げる前に、「待て」と短く俺を呼び止める土方さんの声が耳に入った。 「山崎。少し時間をやれ」 「逃げへん、と思ってるんですか?」  土方さんとは思えへんことを言われた俺は、確認するよう言えば、土方さんはフッと鼻で笑う。 「逃げてもらって構わねぇ。外に島田を置いてる」 「……島田さん、ですか」  同じ監察の島田さんが、まさか来ていたとは……抜かり無い人やわ。 「なっちゃんは逃げねぇと思うぜ、俺は」  御猪口を片手に、楽しげな永倉さんが更に続けた。 「逃げるような男は喧嘩に明け暮れたり出来ねぇんだよ。意気地無しだから。 意地でもなっちゃんは逃げねぇだろうさ」  自信ありげな永倉さんの言葉は、うっすらと理解に足る。  土方さんも止めてきたのもあって、俺は何も言わずに浮きかけてた腰を下ろした。  島田さんが居るなら、逃がすことはないやろ。  そういう安心もあって、俺はずっと手につかなかった酒を少しだけ口に含んだ。  夏生は、こんな寒い外へ何を考えに行ったんか。  俺は夏生を疑う側の人間やから、これからどうするのかを考えに行ったんやと思ったけど……実際は違うって、この後に夏生の中に掬う何かが呻き声をあげるなんて微塵も想像してへんかった。  誰しもが、胸の奥に何かを秘めている。  誰しもが、理不尽な何かを堪えながら生きている。  夏生のことを知るきっかけは、ここから。  外は冷え込む、初雪の夜。  一人で闇に佇む男の背は、慟哭を思わせる程の激しさを纏う。  
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