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「ひっ……!
は、い、今すぐにも……!」
気の毒なほど顔を青くしたメイドは逃げるように部屋を出ていった。
ミアンヌは笑みを張り付かせ、踵を返す。
ティルアが立つベッド前へと優雅に歩くドレスの裾がふわりと揺れる。
「ミアンヌ様……申し訳ありませんでした。
私が浅はかなばかりに……!
使節団の方々にはどうか、どうか……」
「分かって下されば宜しいですわ。
……それにしても、ティルアさんお可哀想ね。
結婚前だからってアスティスったら何もティルアさんのような純粋な方を弄ぶなんて」
「もてあそ……!?」
ティルアの反応を窺いながら、ミアンヌはうふふと笑う。
「あの方が過去に抱いた女性は何もあなただけではありませんの。
勘違いして深入りなさらない方がティルアさんの為よ?」
「…………!!」
「わたくしとアスティスとは幼少の頃からの付き合い。
幼なじみとしても婚約者としても……彼の腕の中に幾度となく閉じ込められてきましたから」
ミアンヌの美しい胸の双丘がティルアの目に留まる。
抉れた胸の傷痕がずきずきと痛みを訴える。首元の愛痕が途端に色褪せていく気がした。
「………………」
「どうか、勘違いなさいませんようにね。
では、わたくしはこれで」
言いたいことだけ言い切ったミアンヌはティルアの応答を待つことなく、ドアの向こうへと消えていった。
半ば放心状態のままのティルアは、ベッドの端へとへたりこんだ。
首筋に手を充てるも、温かさが湧くことはなく、胸元に手を充てると、おさまっていたはずの傷の疼きが甦ってくるようだった。
だるさが残る身体が震える。
頭と心はついていかず、瞳はゆらゆらと揺れる。
「何を……勘違い……。
アスティスは、私が初めてじゃない……そうだよ、当たり前……っ」
当然のことにも胸が疼いた。
それは――きっと。
ミアンヌはティルアにないものを持っているから。
ティルアが幾ら望んでも、願っても手に入れることのできないものを持っているから。
「……ミアンヌ様は綺麗だ……でも、でも僕は……っ」
ティルアはぺしゃんこの胸にぎっしりと詰められた綿をぎゅっと握り潰した。
アスティスが戻ってくる前に、部屋を移動しなければ。
アスティスを愛する気持ちは変わらなくとも、すぐに普段通りに接せる自信がなかった。
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