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戻ってきたメイドにすぐにも案内してもらい、ティルアは逃げるように部屋を出た。
彼が戻ってきても、部屋を訪れないようにと言付けしておいた。
それでも恐らく彼は来てしまうだろうとティルアは思う。
彼がそういう人だとティルアは誰よりも知っている。
貸し与えられた部屋はアスティス含む王族らの寝所から離れた客室だった。
遠方からの使者を受け入れる寝所なのだろう。
ベッドと書き物用のウッドデスク、荷掛け用のポールが行儀よく並んでいる。
素足で床に降り立ったティルアは持ち運んだ服をポールに通して掛けていく。
どれもこれもティルアのドレスは胸元を隠すデザインのものばかりだった。
一通り、簡単な荷解きを終えたティルアは踵を庇うようにしてつま先立ちで窓へと張り付いた。
窓からは昨晩は見ることができなかった庭の景色が見渡せる。
ラズベリアではないこの場所には、心優しい侍女のカルピナはいない。
「こんな時は剣でも打ち込んで雑念払いでもしたいけど……」
剣はあいにくギルの孤児院に預けてきてしまった上、城内のどこかにあるだろう詰所の場所は分からない。
光を遮るように現れた雲が集積してきく。雲間から射し込む陽光が眩しい。
空模様から、もうじき昼の訪れが近いことを知る。
セルエリアとティルアの問題が持ち上がっていることから、客人として昼餐に呼ばれることはないだろう。
またメイドに作って貰うにしても気が重い。
「そういえば前にアスティスとアザゼルが言ってたっけ……」
ティルアはすぐにも荷物の中からあるものを探して引っ掴んだ。
* * * *
「今日の昼定食は……おおっ、ハンバーグか!
スープとライスと……デザートはプリン。
くーー、やっぱセルエリアの社食は豪華でいいなぁ。
何せ、売り切れがない!」
「はぁ? 売り切れ!?
社食に売り切れなんてねーだろ。
どれだけ貧乏な国なんだよ、ラズベリアは!」
陽当たりのいいテラス席は曇り空にもかかわらず、大勢の兵等の姿で溢れていた。
赤い髪を立たせた青年は友人と談笑しながら券売機の前に並んでいた。
硬貨を入れてボタンを押すと、定食名が印字されて吐き出されるという実に簡素な印字システムなのだが、彼は初めて目にした時感激で涙を流したものだった。
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