第一夜 愛に咲く所有印

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 光射し込む水面の煌めき。  上を見渡せば、鴎の群れが雲一つない青を自由に羽ばたく。  ゆらりゆらりの波を身体に感じながら、吹き付ける潮風に短めの栗髪を躍らせる少女の姿があった。  甲板の手摺に掴まりながら水平線を望む胸中は希望で満ち溢れている。  艶のある短めの栗髪。  白磁のような白くキメが整った絹肌。  好奇心旺盛なルビーの愛らしいつぶらな瞳。  ほんのり薄桃に染まる頬、ぷっくりと膨らんだ赤い唇。  つい数週前まで王子として過ごしていたなどと聞いて、信じる者は誰一人いないだろう。  純白のコットンドレスの裾が風に合わせ柔らかく靡いていく。  肩がけされた絹のケープは世話を焼いてくれた侍女のカルピナが縫ってくれた宝物。  穏やかな風の向こう側にあの人がいる――そう考えるだけでティルアの心はじんわりと熱を呼び覚ます。  首筋に色付く桜色の愛痕は逢えない期間、二人を結ぶ繋がり。そっと指先で触れるだけで、彼の唇の熱さを身体は正直に思い出す。 「…………アスティス……」  名を口に出し、ティルアは照れ臭そうに頬を緩め、幸せいっぱいにはにかんだ。  十日後、結婚式が執り行われる。異例の挙式スピードに周囲はおろか、同盟各国を驚かせた。  式を前倒しさせた背景には、セルエリア王の身体を蝕む病魔が関係している。  ティルアの出身国ラズベリアは『姫王宮』。  誕生する子が女児ばかりの世継ぎのない国のことをそう揶揄する。  末娘として誕生した彼女は妾の子。  男で産まれなければならなかった人生を女の身体で生きてきた。  アスティスとの出逢いが運命を変えた。  一度きりの舞踏会――今ではティルアの大事な記念日の一つとして心に刻まれている。  胸にそっと触れる。綿の感触が伝わるとティルアは拳をきゅっと握った。  心が癒されても、つけた古傷はもう戻らない。  彼はこの傷さえも自分のものだと言ってくれた。   『その傷を見る度に俺は誓うんだ。  悲しみを背負わせてしまった分だけ、君を幸せにしたい……とね』  彼の言葉を思い出すだけで、胸がぽうっと温かくなる。 「……もうすぐ逢える……、ああ、ど、どんな顔して逢えばいいんだ!?  こ、これは公務、公務、公務。  公私混同するわけにはっ……!」  ティルアは熱くなって火照る頬を手のひらで包みこみ、恥ずかしさのあまり踞(うずくま)るのだった。
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