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「ほら」
男の手握られた白レースのハンカチがティルアの口元を拭った。
「……ふぁっ、あ、ありがとうございます」
ハンカチにはたっぷりのソースがついて、汚れてしまった。
「俺様は兵の名は新兵だろうとすぐに記憶するようにしている。
お前のような細っこいのなら尚更だ。
おい、お前本当にそんなへっぴり腰で試験に合格したのか?
よもや紛れ込んだのではあるまいな?」
訝しげに向けられる視線よりも何よりも、ティルアはハンカチを目で追でていた。
「それ、洗って返しますから、貸してください」
ティルアは立ち上がって彼の手にあるハンカチに手を伸ばす。
立ち上がった拍子、踵の傷がずきんと痛み、思わずもよろけてしまった。
しかも。向かい卓のガーデンチェアの足につまずくおまけ付きで。
「お、おい、ちょっと」
「わっ、すみませ……」
ティルアが彼の上に被さる形で倒れ込むかというところだったが、どうにか彼がティルアを胸に受け止めることで事なきを得た。
「ん? 何だ、男のくせにいい匂いが」
「あ、あの、すみませ……、僕、きちんと洗って返しますから」
どさくさに紛れてティルアが手にしたハンカチにはくっきりと黄色いたまご色とデミグラスソースがマーブル模様を描いていた。
「ああ、そうしてくれ。
しかしこんな細腕ではこのセルエリア騎士団でやっていけるとは思えんな。
よし、特別に俺様がみてやってもいいぞ」
彼はじろじろとティルアの体つきを見回す。
だが、それ以上疑われることはなかった。
ティルアには胸がない。
どうやら皮肉にもそれが功を奏したようだった。彼は全く気付いていないようだった。
アスティスから貰った指輪も部屋に置いてきてよかったとティルアは思った。
それよりもティルアの心を動かしたものは別にあった。
「剣を教えてくださるのですか!」
久し振りに剣が振れる――そのことがティルアの中で大きく響く。
緋色の瞳がキラキラと輝く。
女性としてドレスを身にしてからというもの、剣を握る機会など一度たりともなかった。
彼はティルアの瞳を吸い込まれるように見つめながら、ぶんぶんと頷いた。
「お、おう、このハムレットに任せておけ。
言っておくが、俺様は強いからな」
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