第二夜 絡みゆく運命

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 部屋にティルアの姿はなかった。  ポールハンガーに並べられたドレス。  脱ぎ捨てられたヒールの靴。  そして、ウッドデスクの上でアスティスの目はぴたりと静止する。  ウッドデスクの上に開かれた小箱があった。  手のひらサイズのケースの中にはつい昨日、ティルアに贈ったばかりのルビーが眩い光を放っていた。  完全に雲で覆われてしまった灰色の空。アスティスは重い足取りで残された指輪をそっと手に取った。 「ティルア……どこに……一体どこに行ったんだ……!?  もうすぐ昼餐……父上を説得した所だったのに――」  手のひらの中に光るルビーは昨晩と同じ輝きを放っているのに。  結局ティルアが見つからないまま、昼餐を終えたアスティスは重々しい足取りで誰も居ない自室へと戻っていく。  戻りすがら、休憩中のはずの兵らが何やら慌ただしく詰所の方へと駆けていく姿が幾つも見られる。 「どうした、何かあったのか?」  セルエリアでは王族が揉め事に積極的に参加することなどあり得ない。  層の厚い騎士団がすべて解決することになっている。  本来は、アスティスが首を突っ込むことではないのだが、虫の知らせというものだったのかもしれない。  立ち止まった兵は緊迫した面持ちでアスティスに告げる。 「セルエリア中央市街地、百貨店に強盗が押し入りました。  奴等は市民はおろか、観光客やたまたま訪れていた使節団の方々を人質に立て籠っていたのですが……」  歯切れの悪い言葉にアスティスは訝しげに眉を潜める。 「ん、どうした?」 「………あ、あの、それが……。  使節団含む一般民はすべて解放されました。  彼等の代わりにと……人質になると申し出た女性が――」  アスティスの背に冷たいものが走った。  一般民はもとより、人質として申し分ない国賓、使節団の者までをも手離してまで交換に応じるほどの身分の女性。  誰よりも民のことを慮(おもんばか)り、王族でありながらも率先して前に立つ女性――。 「その女性は……まさかラズベリア国の、ティルア姫か?」  喉から絞り出すようにアスティスは言葉を発した。  胸がずくんと痛みを訴えてくる。  朝の愛らしい笑顔が脳裏によみがえってくる。  そうではないようにと願う思いと、現実とに胸が押し潰されそうになりながらも、黙って続きを待った。 「はい。  栗色の髪と赤い瞳の――」
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