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「なぜ、このようなことを?
こんなことは無意味だ。すぐに取り囲まれ、逃げ場を失い、捕まってしまうことは目に見えている。
それでもなお、こんなことをしなければならない意味が僕には分からない」
「…………貴族の奴等、王族の奴等……全員があんたみたいなのだったら、こんなクソッタレな貧富の差など生まれていねぇだろう。
生きる金が必要なんだよ。
その為の職もねぇ……俺達貧民はこの小綺麗な街の隅っこで生まれ、おっ死ぬ、そんな運命なんだ。
だからよ、お偉い貴族様方にそんな俺らの存在っつーもんを思い知らせてやるのよ」
ティルアはじっと男の目を見つめる。
死のうとしている目だと気付くと、途端に心が苦しくなってくる。
「結託している部下達も動機は同じなのか?
死ぬ気なのか!?」
「…………まあな。
どのみちここで取っ捕まりゃ俺らは全員死刑だろう。
そしてまた俺らの遺志を継ぐ者が同じようにデカイ事件を起こす。
その繰り返しよ」
「民の痛みは王族の怠慢。
そんな悲しい連鎖など……あっていいはずがない!
そんな命の使い方……間違ってる、絶対に間違って……っ」
見開かれた猫のような大きな瞳から真珠のような涙が零れた。
男の目からすうっと狂気が引いていく。
「なんであんたが泣くんだよ」
「悔しい……悔しいんだ。
僕は昔、貧しさから産まれたばかりの子を孤児院に預け、身投げした女性のことを……今でも悔やんでいる。
なぜ、なぜ、気付かないんだ。
王族も貴族も……なぜ、その叫びに気付かないんだ……っ!」
しんと静まり返る雑踏。
周囲の者は音を止める。
ただひたすらに透明な涙を浮かべて流す少女の叫びに耳を傾けていた。
「……ティルア…お前という奴は」
その様子を目に、ギルバードはふっと笑った。
すぐにも雑踏から物々しさが現れ、武装した騎士団らが百貨店の周囲を取り囲んだ。
「百貨店襲撃並びに立て籠り、及び、ラズベリア王女誘拐……
分かっているだろうな、覚悟しろ」
隊を束ねる第一波、騎士団の者はティルアの存在に気にすることなく向かってくる。
「ひ、ひいっ」
男の震えたナイフがティルアの頬でぷつりと弾けた。
つっと垂れゆく鮮血にもティルアは動じない。
「大丈夫、……下がって。
あなたの命は僕が護ります」
ティルアは男の前に立った。
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