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セルエリア港はラズベリアのものとはまるで訳が違っていた。
というのは、停泊する船の数がラズベリアのそれと桁が違っている。波止場は幾つも枝分かれしており、メンテナンスドックは何隻もの船が作業待ちしている状態だった。
様々な国の商船が行き来している他、漁船の数も多い。活気に満ち溢れる港には人の往来が激しい。
桟橋に降り立ったティルアは手荷物が詰まったキャリーを地に落ち着け、ゆっくりと進んでいく。
侍女や使用人の同行なしでの来訪にいささかの不安を覚えるも、殆どの荷物は既にセルエリアへと送られている手筈になっている。
今手にしているものは、姫君とは全く無関係の品々。
アザゼルから譲り受けたセルエリア家庭料理本や街娘用の外歩きドレス。練兵場で扱っていた専用の武器など、似つかわしくないばかりか、一歩間違えば取り上げられてしまうだろう。
ティルアにはもう一つ、一人での渡航に不安を感じない理由があった。
桟橋を渡り終えた真正面。
横柄に壁に寄り掛かっていた男がのっそりと身体を起こし、近付いてくる。
「追加の手荷物を預かれと言うから来てやってみれば……剣に……後は何だ?」
やや長い前髪を左右に流した短めの灰髪。
一見して冷酷に見える切れ長の瞳はブラックオニキスを思わせる。
背丈はアスティスよりも高い。
準礼服とは違った装い。
肌に密着する薄手のハイネックシャツに留め具がついた厚黒地のブルゾン。
襟首からは上流階級の者が好んで身にするバンダイク襟が風に漂う。
黒地のストレッチパンツの先には装飾品が施されたキャメルブーツ。
風格から貴族以上の身分を感じることができても、王子であることをすぐに見抜くことは難しいだろう。
「ギル……!」
ほっとした顔付きになるのは、ティルアにとってギルバードが近しい存在である証拠。
「それにしても結婚間近だっていうのに、民への公表も出迎えもなしとは……、父上は何を考えているのか」
「世継ぎの第一王子が何のメリットもない小国の末娘と結婚するなんて大国としては恥なのかな……」
「そういう問題ではない。
ああ、それとな……言っておくが、アスティスがここにいないのは、抜けられない公務で手が離せないからだ」
彼はティルアが聞きたかった情報をぽんと口に出した。
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