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「あ、あの……もし暇だったらどこか行きませんか?」
「えっ?」
声が掛かったことにより現実に引き戻される。ティルアに吸い寄せられるように街行く男達の視線が集まっていた。
はたっと気付いてギルバードが向かった進行方向を見るも、彼の姿は既に在らず。炉銀は荷物の中。勘だけで練り歩くにしてはセルエリアは広すぎる。
どうしよう――このような経験は皆無であったティルアは周囲を見渡すも、助け船はない。
「あの……私、人を探していて……だから一緒には行けません。
ごめんなさい」
「そいつって、さっき君を置き去りにして先に行っちまった奴?
君かわいいから見てたんだけど、あの男は君のこと全く気にも留めてないみたいだったよ」
最初に声を掛けてきた者とは違う者が乱入し、事態は確実に悪化していく。
「いえ、大丈夫……追いますから」
不穏な空気を察知し、脱出しようとドレスを翻すも、
「待ちなよ、遊ぼうぜ」
「――――!?」
走り去ろうとしたティルアの後ろ手首に負荷が掛かった。
「離して……!」
「俺と付き合ってくれるなら離すよ」
「……え、付き合う?」
ティルアはじっと考える。
頭の中で考えていた事態を思い浮かべ、とたんに恥ずかしくなる。
「買い物にでも行くんですか?」
「………………」
ティルアの言葉に空気が止まる。周囲に集まってきた者達全て例外なく。
おかしなことを言ったのかと緋色の瞳を数回瞬きしてみるも、心当たりにぶつからない。
「お待ちなさい!
一体これは何の騒ぎですか?」
取り巻きのずっと後方から澄んだ声が掛かった。ざわめきをものともせず、凛と発された声に場は一瞬にして静まり返った。
石畳を叩く靴音が響く。
静寂の中、取り巻きの奥の方から人が離散し、道を開けていく様が映し出される。
ティルアは紅玉の瞳を大きく見開いた。
純白のクロークに身を包む青年の姿があった。
白銀の柔らかな長めの髪。頭上に載せられた教皇帽の金刺繍が光を放つ。
藍の瞳は無限の理智と慈愛に溢れている。十字を描いたクロークの金糸刺繍は最上級品。
金の装飾を身に、錫杖をしゃらんと鳴らす――
「大司教――ラサヴェル様……!」
男達が深々と頭を垂れ行く中、ティルアは一人取り残された気分に陥る。
ティルアの知識に存在しない人物だった。
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