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「人の死を、習俗からとりあげたんだ」
この数日山をうろうろして墓がわりと新しいものばかりなのに気がついたか?と問われた。気がつかなかった。確かに墓地は見はしたが・・・
「このあたりの集落はかつて一風変わった葬祭が行われていたらしい」
もちろん知っていてやって来たのだろう。その上で何かを確認しに来たのだ。ドキドキした。聞いたら後戻りできなくなる気がして。
家は寝静まっている。豆電球のかすかな明かりの中で師匠がいった。
「死人が出ると荼毘に付して、その灰を畑に撒いたらしい。酸化した土を中和させる知恵だね、ところが変なのはそのこと自体じゃない。江戸中期までは死者を埋葬する習慣自体が一般的じゃなかった。死体は『捨てる』ものだったんだよ」
寒さが増したようだ。夏なのに。
「この集落で死体を灰にして畑あっさりに撒けたのには、さらに理由がある。死体をその人の本体、魂の座だと認めていなかったんだ。本体はちゃんと弔っている。死体から抜き出して」
抜き出す、という単語の意味が一瞬分からなかった。
「この集落では葬儀組みのような制度はなく、葬祭を取り仕切るのは代々伝わる呪術師、シャーマンの家だったらしい。キと呼ばれていたみたいだ。死人が出ると彼らは死体を預かり、やがて『本体』を抜かれた死体が返され、親族はそれを燃やして自分たちの畑に撒く。
抜かれた『本体』は木箱に入れられて、キが管理する石の下にまとめて埋められた。いわばこれが墓石で、祖霊に対する弔意や穢れ払いはこの石に向けられたわけ。
彼らはこの『本体』のことをオンミと呼んでいたみたい。年寄りがこの言葉を口にしたがらないから聞き出すのが大変だった」
師匠がこんな山の上へ来た理由がわかった。その木箱の中身を見たいのだ。そういう人だった。
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