69人が本棚に入れています
本棚に追加
「この習慣は山を少し下った隣の集落にはなかった。近くに浄土宗の寺があり、その檀徒だったからだ。寺が出来る前はとなったらわからないけど、どうやらこの集落単独でひっそりと続いてきた習慣みたいだ。その習慣も墓地埋葬法に先駆けて明治期に終わっている。だからこの集落の墓はすべて明治以降のものだし、ほとんどは大正昭和に入ってからのものじゃないかな」
その日はそのまま寝た。その夜、生きたまま木棺に入れられる夢を見た。
次の日の朝その家の家族と飯を食っていると、そろそろ帰らないかというようなことを暗にいわれた。
帰らないんですよ、箱の中を見るまでは。と心の中で思いながら味のしない飯をかき込んだ。
その日はなんだか薄気味が悪くて山には行かなかった。近くの川でひとり日がな一日ぼうっとしていた。
『僕はその木箱の中に何が入っているのか、そのことよりもこの集落の昔の人々が人間の本体をいったい何だと考えていたのか、それが知りたい』
俺は知りたくない。でも想像はつく。あとはどこの臓器かという違いだけだ。俺は腹の辺りを押さえたまま川原の石に腰掛けて水をはねた。
村に侵入した異物を子供たちが遠くから見ていた。あの子たちはそんな習慣があったことも知らないだろう。
その夜、丑三つ時に師匠が声を顰め、「行くぞ」といった。
川を越えて暗闇の中を進んだ。向かった先は寺だった。
最初のコメントを投稿しよう!