葬祭

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「例の浄土宗の寺だよ。どう攻勢をかけたのか知らないが、明治期にくだんの怪しげな土着信仰を廃して、壇徒に加えることに成功したんだ。だから今はあのあたりはみんな仏式」 息をひそめて山門をくぐった。帰りたかった。 「そのあと、葬祭をとりしきっていたキの一族は血筋も絶えて今は残っていない。ということになってるけど、恐らく迫害があっただろうね。 というわけでくだんの木箱だけど、どうも処分されてはいないようだ。宗旨の違う埋葬物だけどあっさりと廃棄するほどには浄土宗は心が狭くなかった。 ただそのままにもしておけないので当時の住職が引き取り、寺の地下の蔵にとりあえず置いていたようだが、どうするか決まらないまま代が変わりいつのまにやら文字どおり死蔵されてしまって今に至る、というわけ」 よくも調べたものだと思った。 地所に明かりがともっていないことを確認しながら、小さなペンライトでそろそろと進んだ。 小さな本堂の黒々とした影を横目で見ながら、俺は心臓がバクバクしていた。どう考えてもまともな方法で木箱を見に来た感じじゃない。 「僕の専攻は仏教美術だから、そのあたりから攻めてここの住職と仲良くなって鍵を借りたんだ」 そんなワケない。寝静まってから泥棒のようにやって来る理由がない。
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