葬祭

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そこだ。と師匠がいった。 本堂のそばに厠のような屋根があり、下に鉄の錠前がついた扉があった。 「伏蔵だよ」 どうも木箱の中身については当時から庶民は知らなかったらしい。知ることは禁忌だったようだ。 そこが奇妙だ。と師匠はいう。 その人をその人たらしめるインテグラルな部分があるとして、それが何なのか知りもせずに手を合わせてまた畏れるというのは。やはり変な気がする。それが何なのか知っているとしたら、それを「抜いた」というシャーマンと、あるいは木箱を石の下から掘り出して伏蔵に収めた当時の住職もか・・・ 師匠がごそごそと扉をいじり、音を立てないように開けた。 饐えた匂いがする地下への階段を二人で静かに降りていった。 降りていくときに階段がいつまでも尽きない感覚に襲われた。実際は地下一階分なのだろうが、もっと長く果てしなく降りたような気がした。 もともとは本山から頂戴したなけなしの経典を納めていたようだが、今はその主人を変えている、と師匠は言った。異教の穢れを納めているんだよ。というささやくような声に一瞬気が遠くなった。 高山に近い土地柄に加え、真夜中の地下室である。 まるで冬の寒さだった。俺は薄着の肩を抱きながら、師匠のあとにビクビクしながら続いた。 ペンライトでは暗すぎてよく分からないが、思ったより奥行きがある。壁の両脇に棚が何段にもあり、主に書物や仏具が並べられていた。「それ」は一番奥にあった。 ひひひ という声がどこからともなく聞こえた。まさか、と思ったがやはり師匠の口から出たのだろうか。
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