シンガポールの夜

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某ホテルの一室。 肌触りの良い織物でできたソファーに座りながら、私は頭を抱えていた。 『今までの経緯をどう説明しよう・・・。』 頭をフル回転させているけど、緊張のせいか上手くまとまらない。 ため息を吐いて周囲を見渡す。 連れてこられた卓さんの宿泊先は、シンガポールでも有名なホテルだった。広々とした室内にはほとんど卓さんの私物は置いておらず、唯一卓さんを感じられるのは、ライティングデスク上のPC位だった。 『出張に慣れた人の荷物は、これ位なのかなあ。』 ぼんやり考えながら、バスローブの襟元を直す。 明らかにサイズが合わないバスローブは、油断するとすぐにはだけてしまいそうだった。 『パタン』 はっと頭を上げると、ちょうど卓さんがバスルームから出てくる所だった。 バスローブを羽織った卓さんは、無造作に髪を拭きながら奥に消える。数秒後、再び現れた卓さんの手にはコーヒーカップが二つ。 「どうぞ。」 「・・・ありがとう。」 礼を言った後、一口含む。 暖かな液体が、疲れきった体に沁み渡った。 「美味しい。」 「良かった。」 卓さんは私の斜め横のソファーに座ると、私の方へ体を向ける。 途端に緊張が戻ってきた。 説明しなければいけないという気持ちが先走って、口を開く。 「あの、誠一郎さん、じゃなくて杉崎さんのことなんだけど。」 「ストップ。」 やんわりと静止されて、小首を傾げる。 「私の方から説明させて欲しい。何度も言うが、原因は私にあるからね。美夏は最上さんとのことを聞きたくて来たんだろう?」 最上さんという単語が出た瞬間、もやもやとした感情が蘇る。 卓さんが言う通り、誠一郎さんに頼ってまでシンガポールに来た理由は記事のことを説明して欲しいからだった。 背筋を正すと、卓さんの目をじっと見つめる。 「はい。ちゃんと説明して欲しいんです。」 「ああ。そのつもりだよ。」 卓さんはふっと笑うと、テーブルの上にA4サイズの紙を置いた。 そこに大きく載っているのは、最上さんの写真。 「全てのきっかけは、この写真だったんだ。」 「・・・何のこと?」 何かの雑誌に使われたらしい写真の中で、びしっとスーツを着た最上さんが微笑んでいる。
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