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<<日本時間15時00分>>
井上冬悟(とうご)は目を見張った。
先ほどまで見ていた、誇大な宣伝の割にB級としか思えない映画。そこに出ていた出演者よりも、そこにいる二人は印象的だった。
日本人形を思わせる様な、美しく、清楚な女性。
その脇には、目線がやたら鋭い男性が立っている。
こっそり見ていると、男性の方が見るからにめんどくさそうに首を曲げる。
ただそれだけの動作。
なのに、周囲を惹き付ける様な優雅さをまとっていた。
『何でこんな人達がショッピングセンターの映画館なんかにいるんだ?』
疑問に思いながら、冬悟はゆっくりと歩みを進める。
男性の耳元でチカっと光が反射する。
気になって視線を向けると、そこには小さな赤いピアスが見えた。
「すごいな・・・。」
思わず声が漏れる。
すると、その男性と目がバチッと合ってしまった。
「あ、すみません。」
慌てて会釈すると、その男性が俺の上から下までも眺める。
それから信じられない言葉を口にした。
「お前、井上冬悟だろ?」
「え!」
心臓が嫌な音を立てる。
『何で俺の名前を知っているんだ!!?』
ひたすら真面目に過ごしてきた俺の人生。こんな人達と関わった記憶はない。
毎日大学で授業を受け、コツコツとバイトをこなし、たまの休日につまらない映画を見に来る位なのに・・・!
蛇に睨まれた蛙の様に固まっていると、男性が隣の女性を肘で小突く。
「見つけたから、さっさと行こうぜ。」
「でも何だか固まってるから、先に説明した方が・・・。」
「あーめんどくせえなあ。」
男性はつまらなそうに俺に視線を向ける。
それからにやりと笑った。
「俺は健、こいつは実里。あんたの姉と俺の兄貴は恋人同士。んで、ちょっと面倒くさいことになったから、黙って拉致されとけ。」
「は!?」
「ほら、行くぞ。」
「うわあ!」
健と名乗った男性は俺の手首をガシっと掴むと、出口に向かってズンズンと歩き出す。
背中からは『逆らうな』というオーラが出ていて、非常に怖い。
助けを求めて周囲を見渡すも、誰もが遠巻きに事の成り行きを見守っている様だった。
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