エピローグ

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「まさか日本がそんなことになっているなんて、あの時は思いもしなかったのよ。」 窓辺に座って、姉さんが少し困った様に笑う。 「さすがに卓さんに対して怒っちゃったもの・・・。」 少し口を尖らせて言っているものの、それに反して口調は柔らかい。 「冬悟にも迷惑かけちゃって、本当にごめんね。」 そう言って頭を下げる姉さんに向かって、俺は『いいよ。別に。』と答える。 本当は、この日を迎えるまでにどれだけの苦労があったか・・・。 報道関係者の取材攻撃。 姉さんの同級生なる奴からの、執拗な嫌がらせ。 果ては宗教団体からの勧誘・・・。 それらを姉さんに知られない様に一つずつ潰していくのは、とても大変な作業だった。 思い出すと、吐き気がするほど。 それを一つ一つ姉さんに説明したい気もするけど。 まあ、この良き日に話すことでもないだろう。 姉さんは視線を窓の外に向ける。 抜ける様な青空の下、何人かの招待客が足早にやってくるのが見えた。 暖かな光の中、姉さんの白いドレスが反射する。 その胸元にはパールのネックレス。 つるんとしたそのネックレスは、姉さんのイヤリングとブレスレットとお揃いになっているらしい。 姉さんは大事そうにブレスレットのパールに触れたのと、ドアが控えめにノックされるのは同時だった。 「そろそろお時間でございます。」 「はい。」 姉さんがゆっくりと立ち上がる。 その肩が少しだけ震えているのが見えた。 「緊張してる?」 「・・・うん。」 姉さんは情けなさそうに笑う。 全く、この姉は最後まで手がかかる。 だけどそれも、今日で最後。 これから姉さんを支えるのは義兄になるのだから。 胸に過る一抹の寂しさを振り払うと、俺は姉さんに手を差し出す。 「しょうがないな。途中まで一緒に行くよ。」 その言葉を聞いた姉さんが、目をぱちくりとさせる。 それから嬉しそうに微笑むと、小さな手を俺の手のひらに乗せた。 「ありがとう。冬悟。」 「いいえ。」
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