「闇」アベル・ランヴァン

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 そよ風ひとつない、じめっとした夜。  草木も、湖も、風も眠る。  いつ“彼ら”が来るか分からない長い夜の時を、魔術師の女一人に番を張らせ、僕たちは眠っている。  ふわり。生温い風が吹く。  彼の踏んだ草の音がする。 「ッ! 闇だ! 起きろ、闇が来たッ!」  突然のノエルの喚き声に、全員が目を覚ました。  慌てて一斉に辺りを見回した時には、周囲は真っ黒な闇に覆われていた。 「ッ、死ねええええ!」 「やめろマーシー!」  腰の短剣を引き抜いて“闇”の中へ突っ込んでいこうとするマーシーの手を掴み、そう叫ぶ。 「あいつに呑まれたらひとたまりもないんだ! 逃げるぞ!」  彼にそう叱りつけて、一斉に走り出した。  後ろを振り返って全員が揃っているかを確認すれば、闇はもうそこまで迫っていた。 「ノエル! 何してる! 早く来るんだ! あいつが僕たちを見失うか、朝が来てあいつが弱るまで逃げるぞ!」  僕は動く闇を見詰めたまま動かないノエルに、声の限り叫んだ。  まさか、ノエルのやつ、闇に魅入られたんじゃ……。 「朝? 朝なんて、来るのかしら……」 「何言ってるんだ、早く来い! 呑まれるぞ! 死にたいのか!」  僕は走ることをやめて彼女に叫ぶ。彼女は動かない。 「わたしの……私の闇で、殺してみせる。」  彼はそう言って、瞳を閉じた。  彼女の金色の髪が、ふわふわと浮き上がる。  確かに、彼女の属性は闇だ。  けど、到底あいつに敵えるものじゃない。 「何してる! やめろ!」 「私の闇で、アイツを呑んでみせる」 「無理に決まってるだろ! ここで闇なんか作り上げたら、それごとお前まで丸々呑み込まれるぞ!!」  僕は彼女に叫ぶ。  今、彼女が闇を作り上げたところで、奴の餌にしかならない。  彼女は瞳を閉じたまま動かない。 「ノエル!!」  僕はそう叫んで、彼女の方へ走った。  彼女の周囲の色が、だんだんと深くなる。
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