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僕たちは楽器を演奏することも、新しい曲の打ち合わせをすることもせず、第二のチンチンランドと呼ばれるスタジオで、雑誌や雑談に夢中になっていた。
勿論、音楽活動もしない、意味のない僕らの集まりには、キースは参加しない。
どこか都会の路上で、甘い葉巻を吸いながら似顔絵でも売っているんだろう。
「ねえ、ちょっと……」
みんなの酒や煙草を買いに行かされた“ナンシー”は、スタジオの扉を少しだけ開いて、複雑そうな顔で僕たちを見る。
「アビィ、お帰り。
お使い頼んじゃってごめんね」
青痣や殴傷だらけでボコボコに変形した愛しい恋人の顔を、シドは天使のようなとびきりの笑顔で見詰め、向かい入れた。
「ええ、頼まれた物は買ってきたのだけど、……」
「うん? どうしたの?」
「スタジオの外で、人が倒れてるのよ。」
おずおずとナンシーがそう切り出した途端、その場にいた全員がそれぞれの行動の手を止め、一斉に彼女を見た。
「人?
誰だ、ソレ」
「酔っ払いかシャブ中の、おまえの連れじゃないのか? ジャック」
ジョンから貰ったお気に入りのブルースハープを磨いていたジャックがそうふてぶてしくナンシーに問うから、僕はそう疑問を投げ掛ける。
「若い男の人よ。
息はしてるから、死んではないと思うけれど……。
今、ここに連れてくるわ」
「ああ、僕がやるよ。
アビィは部屋に居ていていいよ」
心配そうなナンシーの言葉に、シドが人の好い笑顔を見せてスタジオを出ていってしまった。
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