「不審者」ダニエル・バリー

3/3
前へ
/56ページ
次へ
「オイオイ、なんでここに連れてくるんだ。 どこで倒れていようと、俺達には関係ねえだろ」 「誰かを尋ねてきたのかもしれねえな」  鬱陶しそうに顔を歪めるジャックにお構い無く、メディはギターの専門誌に再び目を通しながら述べた。  まあ、確かに僕も面倒事に巻き込まれるのは好ましくないが、スタジオ前で倒れているとなると、少し心配になる。  全く、迷惑なところで行き倒れてくれたものだ。 「ジャック、……」  シドには及ばないものの、背の高い青年を肩に抱いたまま、真っ青なような、または酷く興奮したような、何とも言えない様子でシドは戻ってきた。 「どうし、……」  どうしたんだ、と言いかけるメディが、意識のないままの青年を見て、言葉を呑んだ。  ぴたり。  一瞬、時が止まる。 「ナンシー……、君、彼を見て何とも思わなかったの?」 「ええ、何も……。 何よ、みんな。 お友達なの?」  僕でさえも少し動揺しながら、恐る恐る彼女に問うと、みんなの様子に訳が分からないと言った表情をしながら、尋ね返した。  そうだ。この女、音楽に非常に関心がなく、それゆえに全くもって疎かった。  いや、疎いにも程がある。  どうやって今まで生きてきたんだ。 「……本物?」 「本物か?」 「似てるだけじゃねえの?」 「他人の空似ってやつだ」 「いや、本物だよ。」  並べた椅子の上に青年を寝かせ、皆が皆彼を囲って議論を交わした。  ジャックも、メディも、シドも、勿論僕も、きっとこの場にいたのだとしたらキースやジョンさえも。  ナンシーを覗いた全員が、彼の姿にぞっとしていた。 「待て、なら本物は今どこにいる?」 「もうすぐ、オーストリア公演を控えてるはずだけど……」 「本人は70過ぎのジジイだぜ。 本物だと言うなら、何でこんなに若返ってるんだ」  茶色いふわふわの髪。  大きな口に張り付く、肉厚的な、ぽってりとした唇。  男の僕でさえも息を呑むような、美しくて艶かしい寝顔だ。  まるで、それは黒豹のような。 「……今は、このまま寝かせておこう」 「ああ……」  僕たちは、興奮や期待と同時に、恐怖や不信感や、そしてゾワゾワとした心地の悪い気持ちを抱きながら、それぞれに俯いた。  青年は、他の誰でもなく、紛れもない、若き頃のミック・ジャガーだった。
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加