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「オイオイ、なんでここに連れてくるんだ。
どこで倒れていようと、俺達には関係ねえだろ」
「誰かを尋ねてきたのかもしれねえな」
鬱陶しそうに顔を歪めるジャックにお構い無く、メディはギターの専門誌に再び目を通しながら述べた。
まあ、確かに僕も面倒事に巻き込まれるのは好ましくないが、スタジオ前で倒れているとなると、少し心配になる。
全く、迷惑なところで行き倒れてくれたものだ。
「ジャック、……」
シドには及ばないものの、背の高い青年を肩に抱いたまま、真っ青なような、または酷く興奮したような、何とも言えない様子でシドは戻ってきた。
「どうし、……」
どうしたんだ、と言いかけるメディが、意識のないままの青年を見て、言葉を呑んだ。
ぴたり。
一瞬、時が止まる。
「ナンシー……、君、彼を見て何とも思わなかったの?」
「ええ、何も……。
何よ、みんな。
お友達なの?」
僕でさえも少し動揺しながら、恐る恐る彼女に問うと、みんなの様子に訳が分からないと言った表情をしながら、尋ね返した。
そうだ。この女、音楽に非常に関心がなく、それゆえに全くもって疎かった。
いや、疎いにも程がある。
どうやって今まで生きてきたんだ。
「……本物?」
「本物か?」
「似てるだけじゃねえの?」
「他人の空似ってやつだ」
「いや、本物だよ。」
並べた椅子の上に青年を寝かせ、皆が皆彼を囲って議論を交わした。
ジャックも、メディも、シドも、勿論僕も、きっとこの場にいたのだとしたらキースやジョンさえも。
ナンシーを覗いた全員が、彼の姿にぞっとしていた。
「待て、なら本物は今どこにいる?」
「もうすぐ、オーストリア公演を控えてるはずだけど……」
「本人は70過ぎのジジイだぜ。
本物だと言うなら、何でこんなに若返ってるんだ」
茶色いふわふわの髪。
大きな口に張り付く、肉厚的な、ぽってりとした唇。
男の僕でさえも息を呑むような、美しくて艶かしい寝顔だ。
まるで、それは黒豹のような。
「……今は、このまま寝かせておこう」
「ああ……」
僕たちは、興奮や期待と同時に、恐怖や不信感や、そしてゾワゾワとした心地の悪い気持ちを抱きながら、それぞれに俯いた。
青年は、他の誰でもなく、紛れもない、若き頃のミック・ジャガーだった。
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